ウィーン愛憎/中島義道

戦う哲学者のウィーン愛憎 (角川文庫)』を読んだよ。中島先生の原点?

中島先生の本には、何度も「ウィーン」という単語が出てくるけれども、実際のウィーンでの体験がどのようなものだったか。それを本書で初めて知ったよ。
それはもう抱腹絶倒、波瀾万丈と言いたいところだけれども、当事者としての中島先生は真剣そのもの。そして、「人生を<半分>降りる」と言い出す気持ちの萌芽がここに見え隠れしているような。

では、そのウィーンでの体験とはどのようなものだったのか。
それは、日本人とヨーロッパ人との考え方の相違。普通の感覚でヨーロッパ人と対峙すると、あっという間に鬱状態に陥るような…。
そして、その具体例として、ウィーンの日本人学校における英語教師ミセス・ケレハーとの対立。彼女は自分特有の論理で英語教育を展開する。しかも、公私混同し、自分の息子の下手なシナリオの英語劇までやってしまう。正義感強い中島先生はついにミセス・ケレハーと喧嘩。結局、玉砕するんだけど。

で、ヨーロッパ人との喧嘩の仕方を学ぶ。

つまり、攻撃された瞬間に真実に取りすがってはならないのであり、相手に自分の弱みを一切見せてはならないのである。攻撃された瞬間、自分は全智全能の神のような存在に上昇し、相手は無知無能の輩に下落する。そして、このタテマエをどこまでも大真面目に、相手に一分の隙も与えずに貫くとき、私は勝利しないかもしれないがけっして敗北はしない。屈辱感に身を震わすこともない。
この後、中島先生はヨーロッパ人といろいろと喧嘩をすることになるのだけど、あらゆる場面で「私は完璧である」と主張するヨーロッパ人が登場するよ。それに対して、我らが中島先生は先の喧嘩の鉄則を忘れてつい日本人的な感覚で対応してしまう。身についた思考はなかなか払い切れないよね。

このヨーロッパ人と日本人の決定的な感覚の差はどこから来るのだろうか。中島先生の言葉を引用すると、

明治以来わが国はヨーロッパの文物を貪欲に吸収したが、ただ一つだけ学ばなかったものがあるとすれば、それは、ヨーロッパ人の体感がしみついた中華思想だと思われるのであるが、いかがなものであろうか。
と。出た〜、中華思想。やっぱり、日本人に中華思想は受け入れられないのか〜。辺境人故の中華思想拒否。『日本辺境論』の状況証拠がここにも…。

ウィーンでの生活は、中島先生に自己主張の塊が容赦なく次々に襲いかかる。その中で、最後にもうひとつ象徴的な言葉。
警察官シュトゥンプフ氏が高圧的な態度で「即刻職権において、逮捕する。」と電話をしてきたことに対し、

「真理より権利」という私の実感したヨーロッパ人の態度を、ここで私は最も鮮明に見たように思った。
と言う。あの〜、アッシならば、鬱状態が一気にやってきそうなウィーンでの生活としか思えない…。

それでも、4年半のウィーンでの生活で、さらばウィーンのシーン。ある事件もあって涙の場面。まさに、「ウィーン愛憎」だなぁ〜。

戦う哲学者のウィーン愛憎 (角川文庫)
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