そして誰もいなくなった/アガサ・クリスティー

そして誰もいなくなった (クリスティー文庫)』を読んだよ。ポアロは登場せず。

アガサ・クリスティの著作の中では、『オリエント急行の殺人』か本書かと思われるほどに有名な本書。とは言え、自分的にはストーリーも犯人も知らないという純粋な状態でこの物語を読むことができたのは運がいいのかも。『オリエント急行の殺人』では、犯人があまりにも有名だからね。

ストーリーはタイトルそのまんま。10人の人々が次々と死亡していき、最後の一人も死んでしまう。二人目までくらいまでは、単なる事故だろうと納得できる状況だけど、残り5人を切っていくと、生き残った人間同士が疑心暗鬼になってくる。この中に犯人がいると思うと、それはそうならざるをえないだろうね。

そして、ポアロも登場せず。謎解きがされずに全員が死亡してしまうというのもストーリー的には面白い。最後の謎解きは真犯人の書き残した手紙で行われる。動機がちょっと弱いかなという気もするけど、それよりも謎解きとか早い展開でのスリルとかを楽しんだほうがいいかな。

そして、兵隊さんの人形とそれを歌う童謡。

「そりゃあ、偶然なんかじゃない! あれは犯人がつけたした、ちょいとした小道具だ! やつはいたずらが好きなんだ。あのふざけた童謡と、なるべく同じにしようとしている!」
そう、童謡と同じように殺人が行われていくって、どこかで聞いたことがあるような。これって、『悪魔の手毬唄 (角川文庫)』?そっか、横溝正史も本書をヒントにしたか!

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夢見る帝国図書館/中島京子

夢見る帝国図書館』を読んだよ。小説で学ぶ日本近代文学史。

どこかで紹介されていた本だと思う。気がついたら読みたい本リストに入っていたから。単行本で400頁ほどだから、場合によっては文庫本になってからと思っていたけど、図書館で予約したら思いの外、早めに順番が回ってきて、この年末年始に読了。

構成的には二重奏という感じ。一つは、主人公の「わたし」と喜和子さんの物語。もう一つは、帝国図書館の歴史から日本の近代文学を綴っていく物語。それが、交互に語られていく。2つの小説を同時に読むといった感じだけど、図書館という共通キーワードがあるので、特段に混乱することもなく、読んでいくことができるよ。

では、喜和子さんとの物語はどうだったのか。

「びっくりするほど不自由だったわよ。いまの人には、想像を絶する不自由さだと思うな。江戸時代とあんまり変わらないっていうか。あのね、ずーっとそうだったの。わたしの人生。<中略>本を読んだりするのは怠け者のすることだったし」
と「わたし」に語る喜和子さん。そして、喜和子さんの人生を追っていくことになる「わたし」の物語になっていくわけ。

一方の図書館の物語。

「お金がない。お金がもらえない。書棚が買えない。蔵書が置けない。図書館の歴史はね、金欠の歴史と言っても過言ではないわね」
と喜和子さんの言葉。今も昔も変わらない。そして、これからも変わらないような気がするな。しかも、役割ややることが増えているしね。さて、引き続き、図書館にお世話になっていくとするか…。

夢見る帝国図書館
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「松本清張」で読む昭和史/原武史

「松本清張」で読む昭和史 (NHK出版新書)』を読んだよ。昭和が終わってもう30年か…。

自分も10代から20代にかけて、松本清張はいくつか読んだ記憶がある。『砂の器』は映画かな。『点と線』はあまりにも有名だけど、当時の自分は鉄道ミステリーとして手に取ったのだと思う。『準急ながら』もその類だったし。それでも、松本清張はそこから先は読む機会がなくなってしまう。読みたいと思いつつなんだけどね。

本書はその松本清張の作品を通して、昭和という時代を顧みるというもの。いや、松本清張が捉えていた昭和の有り様を筆者なりに分析したものといった方が正確かな。
そして、取り上げられるのは3つの小説と2つのノンフィクションの5作品。

まずは『点と線』。

清張はなぜ、名探偵のようなヒーローではなく、三等車に乗って出張したり、家では五右衛門風呂に入ったりするような庶民的刑事を事件の追求役として立てたのか。そこにはやはり、清張の生い立ちが関係しているように思われます。
筆者は、ここにエリートより庶民に共感する清張という特徴を見て取っているよ。それは次に紹介する作品『砂の器』では一層顕著になっていくとも。

そして、その『砂の器』。ここでは、

清張はなぜ、表向きに見えていることの「裏側」を探求しようとしたのでしょうか。そこには、東京中心のもの見方、言い換えれば東京中心史観を相対化したいという清張の思いがあるように感じられます。
そう、東北や山陰が舞台になるし、大阪空襲も東京との相対化の一つだとも言っているよ。清張は意図的にそのような相対化を考えたのだろうか。あるいは意識の中にあったものがそのように小説として表現されたのだろうか。

ノンフィクション部門は『日本の黒い霧』と『昭和史発掘』。作品の内容はともかくとして、筆者の分析は、

タコツボに入らず、独学で、タブーを恐れないスケールの大きな視野に立った清張のノンフィクションの魅力は、増すことすらあれ、失われることはないのではないでしょうか。
ということ。独学だからこそ、「タブーを恐れない」ということになるのだろか。そして、この「タブーを恐れない」が最後の紹介する小説『神々の乱心』に繋がるのだと。そう、タブーの一つが「天皇」だからね。

昭和のこと、戦争のこと、皇族のこと、我々は知らないことが多すぎるということを知った作品でした。

「松本清張」で読む昭和史 (NHK出版新書)
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大学大崩壊/木村誠

大学大崩壊 リストラされる国立大、見捨てられる私立大 (朝日新書)』を読んだよ。大学の読み方。

『大学大倒産時代』の続編的な位置付けで、今回もデータを駆使して、現代大学事情を詳しく説明する本書。筆者の木村誠氏の著作本のうち、自分的には5冊目ということに驚く。データと筆者の過去の取材を元にした解説的な内容だから、印象に残っていないんだろうね。
そして、タイトルが「大学大崩壊」。倒産の次は崩壊ということで、だんだん悪くなってくるんだけど、その中でももがき苦しむ大学も多く紹介されているので、このタイトルには多少の違和感あり。副題の「リストラされる国立大、見捨てられる私立大」も、いや、目立つタイトルにしたいのは分かるが…という感じ。

では、現在の大学が抱える幾つかの課題について、本書の内容から紹介。
まずは、大学院の問題。

大学院重点化によるポスドクの就職難や法科大学院の淘汰の問題も、時の経済界の要望や意見をそのまま反映するのでなく、当事者となる若者たちの進路にプラスとなるように設計するという基本を忘れてしまった結果だ。
と筆者。そう、いつの間にか、法科大学院は消えていっているし、ポスドクの問題はかれこれ20年くらい前から言われている。経済界の要望に応えるのはいいけれども、社会の動きと大学の動きはシステム的に大きな時間差があるからね。それを前提にシステム構築していかないと失敗するよね。

もう一つはグローバル化

グローバル化の時代において人々に求められるのは、文化や価値観、利害の異なる他者とのあいだで合意を形成し、ルールを組み立てていく能力だ」と萱野学部長は言う。
津田塾大学総合政策学部の学部長のお話。単に英語能力とか他文化を知るとか、多様性について考えるというレベルではないよね。EUがその代表例なんだろうけど、イギリスの離脱はその難しさを語っているよね。

最後は総括的に情報公開の話。

情報公開が進めば、大学を見る社会の目はより厳しくなるだろう。しかし、大学関係者はそれを恐れてほしくない。「はじめに」で述べたように、外部の批判や意見を自己変革でエネルギーに変えていかなければならないからである。
ますます情報公開が進んでいくという話だけど、まさに「崩壊」しないためにも、自らの情報を分析して、自らの改革していかなくてはならないんだろうね。

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世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?/山口周

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 (光文社新書)』を読んだよ。結局は哲学の問題か…。

多分、どこかで紹介されていた本をメモったのだと思う。自分的には普段は手に取るような種類のものではないから。それでも、図書館で予約が多いということは、やっぱり本書がどこかでは注目されているのだと思う。とは言え、結果的に読んで正解だったと言える。

副題は「経営における「アート」と「サイエンス」」。で、結論的なことを不等号で表すと「アート」>「サイエンス」という構図なのが本書。幾つかのキーワードを並べてみると、本書の構造が見えてくる。「正解のコモディティ化」「差別化の消失」「方法論としての限界」「真・善・美による判断」など。

意思決定にはエビデンスが求められる時代。でも、それが逆に責任放棄になる場合もある。つまりは、サイエンスのせいにすることも可能になるわけ。だから、

それは、画期的なイノベーションが起こる過程では、しばしば「論理と理性」を超越するような意思決定、つまり「非論理的」ではなく「超論理的」とも言えるような意思決定が行われている、ということです。
となり、アート的な直感とか感性が必要ではないかとなってくる。

そして、物事の本質を見る力。

この「本質の共通性」をちゃんと把握するためには、経営という営みの本質が「選択と捨象」であることを、しっかりと理解することが必要です。
あぁ、これってデザイン思考に繋がっていくのか?あるいは、哲学とも言えるか。

最後に事例。

マツダが狙っているのは「顧客に好まれるデザイン」ではなく、「顧客を魅了するデザイン」だと言ってもいいでしょう。
悪く言えば「上から目線」なんだけど、顧客におもねるのではなく「感動を提供する」という立場に立てば、それは経営的には当然の帰結だよね。高い美意識が必要な理由がここにも。
あぁ、アートを鍛えないと。文学でもいいって書いてあったから、ひとまず良しとするか…。

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マイクロソフト伝説マネジャーの世界№1プレゼン術/澤円

マイクロソフト伝説マネジャーの 世界№1プレゼン術』を読んだよ。伝説の人だったのか…。

今年の夏、某所で本書の筆者である澤円氏の講演を拝聴。まさにプレゼンだったわけだけど、確かに印象的だったような。っていうか、まずはその風貌。プレゼンの第一歩は形から入るのがいいのかも。それだけ印象的で、この風貌からどんな話が聞けるんだろという期待感もあったり。
そんな筆者がプレゼンの極意を語ったのが本書。完結に分かりやすくて、まさにプレゼンの極意を本書に集めれば、こんな感じになるんだろうという教科書のような本。でも、教科書のような堅い話は一切なしなのもよい。

では、その極意とは。
結論のようなものを書いてしまうと、以下の3つがプレゼンのゴール。

○聴いた人がハッピーになる。
○聴いた人から行動(決断)を引き出す
○聴いた内容を他人に言いふらしたくなる
と筆者。これらを達成するために、どうしたらいいのか…というのが極意なんだけど、この3つのゴールを知るだけでも、自分なりに創意工夫はできるよね。

そして、幾つかのノウハウ。まずは、スライドの作り方。

本書で繰り返し述べてきた通り、プレゼンの目的は情報共有ではありません。
ということなので、むやみに情報を盛り込むものではないということ。そして、
スライドは自分が説明するためにあるのではなく、相手から反応を引き出すためにあると思ってください。
とも。これに反する事例として「文字情報が満載のプレゼン資料」が某省庁の資料。自分がよく見かける省庁の資料だけに、思いっきり納得。

最後に、プレゼンという場の考え方。質疑応答も大事な場なので、

質疑応答においても、プレゼンターは「質問者の価値」だけでなく「聴衆みんなの価値」を常に意識しなければならないのです。
ということ。確かに、誰かの質問がそのテーマを発展的に考えるきっかけになることもあるからね。
たかがプレゼン、されどプレゼン。これから、プレゼンが楽しくなりそうな予感です~。

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夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)』を読んだよ。京都の街を思い出しながら。

『四畳半神話大系』と同様に京都の街を舞台とした大学生の恋愛活劇。活劇と書いてしまったけど、単なる恋愛物語ではないということを言いたいだけで、本来の活劇の意味とは違うかも。いや、アドベンチャー的であるのは確かで、京都鴨川周辺を舞台にして、男女二人の大学生が縦横無尽に活躍するのは確か。登場人物も数多く、それぞれがそれぞれの役割に則って、活躍していくのはアドベンチャー的。あぁ、RPGをイメージしてしまったけど、それは言い過ぎか。

とは言え、やっぱりこの物語で重要な視点は、彼と彼女の関係。彼の方は、

彼女が後輩として入部してきて以来、すすんで彼女の後塵を拝し、その後ろ姿を見つめに見つめて数ヶ月、もはや私は彼女の後ろ姿に関する世界的権威といわれる男だ。
と自ら言わしめるほど、ひたすら直接的な行動には出ず、「外堀を埋め続ける」男。当然として、それは自覚していて、
大学に入学して以来、思えば、あらゆることに思案を重ねて、踏み出すべき一歩を遅延させることに汲々としていただけの、無益な歳月ではなかったか。彼女という城の外堀をめぐり、ただ疲弊していくだけの今も、その状況に変わりはない。多数の私が議論を始め、一切の決定的行動を阻止するのだ。
と、客観的な観察もできている。周りも人物もそれを分かっていて、茶々を入れる様子もこの物語の楽しみでもある。

最後に補足。彼が試行錯誤する場面。

「考えると不思議ではないか。この世に生をうける前、我々は塵であった。死してまた塵に返る。人であるよりも塵である方が遥かに長い。では死んでいるのが普通であって、生きているのはわずかな例外にすぎない。ならばなにゆえ、死が怖いのか」
そう、この考え方に激しく同意。しかも、人生の三分の一は寝ているのではないか。死も同じことだと考えるようになって早20年。

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