アクロイド殺し/アガサ・クリスティー

アクロイド殺し』を読んだよ。殺人のトリックというより…。

引き続き「クリスティー文庫」。一応、これで一気買いした3冊は終了。この3冊の中では一番面白かったのが本書。登場人物も多いし、人名と地名の区別が付きにくいのは相変わらずだけど、それを超越する結末。途中までの小難しい推理は最後には吹っ飛んでしまい、どうでもよくなってしまうというか。

では、どのような吹っ飛びなのか。一つは真犯人。もう一つは小説としての作りの問題。前者はミステリーなので当然として、後者は小説そのものにも仕掛けを作ったという感じ。これは大胆な挑戦だよね。その仕掛けをここで書きたいけど書けないもどかしさ。あぁ。

なので、ちょっとだけ、本書に登場するユニークな人物について。キャロラインという女性がいい味を出している。噂話が好き、詮索好き、故に情報通。小さな情報から、自分の持っている全ての情報を総動員して、噂話を作り上げる。だから、

キャロラインのような人間が、パスポートの記載事項を考えだしたのにちがいないと思う。
と。いや、どこにもいそうなおばさんだけど…。

最後にポアロ

「事実を体系的に整理すれば、すべては単純になるのです。」
こちらは小さな事実を繋ぎ合わせて、体系化し単純化していくことで、真実を探っていく。真犯人を上げることではなく、真実を知ることがポアロの目的なんだよね。

「無理」の構造/細谷功

「無理」の構造』を読んだよ。無駄な抵抗はしないこと。

初めてのPrime Readingでの読書。Kindle Unlimitedよりも読める本の冊数は少ないけれども、お試し的にはいいかも。たまに本書のように自分のヒットする本が出ていれば、儲けものという感じ。だから、本書をPrime Readingで見つけた時は、今までの積読本は取り敢えず置いておいて、すぐにダウンロードしてみたわけ。

前置きが長くなった。本書の副題は「この世の理不尽さを可視化する」。副題の方が内容をよく表しているといういつものパターンは本書も同じ。冒頭で筆者曰く、

本書が目指すのはこのような理不尽さのメカニズムを可視化することです。これによって私たちが日常「世の理不尽さ」から感じているストレスや、それに対抗するための「無駄な抵抗」を少しでもなくそうというのが本書の目標です。
ということ。そう、メカニズムを知れば、その対応方法も分かり、「無駄な抵抗」はなくなるよね。世の中、この「無駄な抵抗」がいかに多いことか…。

そして、そのメカニズムの真髄とは、

理不尽なのは、『世の中』なのではなくて『私たちの頭の中』である」というのが本書のキーメッセージです。
と言っているよ。これは脳の問題だよね。いや、まさに「バカの壁」なんだろうと思う。つまりは、定義の違い、解釈の違い、認識の違い、これは単純に解決できそうもない問題。

そこで筆者の考え。

ストックをリセットして、同時に長所も短所もリセットしてもとの状態に戻すには、「出口側の風呂桶の底の栓」を開けてももはや手遅れです。根本的な解決策は一つ、「新しい風呂桶」を用意することしかありません。
ありがちな解決方法だけど…。いや、これしかないか…。

そして、メカニズムは分かった。だが、果たして「無駄な抵抗」は本当になくなるのだろうか。それこそ、頭の中では分かっているけど、その上に感情というレベルの壁があるんだよね。

スタイルズ荘の怪事件/アガサ・クリスティー

スタイルズ荘の怪事件』を読んだよ。ポアロは人生相談も請け負うらしい。

kindle積読本のうち、ポアロものの2冊目。早川書房から出ているクリスティー文庫の1冊だけど、このシリーズを読破するにはどのくらいかかるだろうか…と意味のない心配をする暑い夏。
翻訳ものの難点は、人名がすぐに頭に入ってこないことと、カタカナが人名なのが地名なのかの区別がつきにくいこと。特に人名の場合は、登場人物の人間関係にも関係してくるから、よく把握しておかないと、途中でワケわらなくなり、投げ出したくなることも。
ということで、本書もその例外にもれず、義理の息子とか旧友の娘とかが出てくるので、巻頭の「登場人物」を何度も見直したことか…。前回の『そして誰もいなくなった』はその点はシンプルで分かりやすかったかも。

本書の物語は「怪事件」というほどのものではなく、スタイルズ荘の女主人殺人事件といったところか。そして、最も怪しいと思われる人物がその夫というところから始まり、その真相はいかに…という感じ。

ワトソン役のヘイスティングスが語り役だから、ポアロを第三者の観点から見ているので、そのやり取りが面白いよ。で、ポアロの言葉から引用。

「“たいしたことじゃない――どうだっていい。つじつまが合わない。忘れてしまおう”。そんな考え方をしていたら、なにも見えない。どうだっていいことなど、なにひとつないんです」
些細なことも一つづつ潰していく地道な作業が探偵の仕事っていうわけだよね。

もう一つ。

エルキュール・ポアロ以外のだれもそんなことをしようなどと思わないでしょう! でも、それを責めるのは間違いです。一組の男女の幸福ほど大切なものはこの世にはありません」
これはポアロ自画自賛。いや、真実を知ることの為に、重要なことは最後の最後まで何一つ語らないポアロにとって、真犯人が上がった最後はこれくらいのことを言っても許されるかもしれないね。

さて、クリスティー文庫、次はいつになることやら。

64(ロクヨン)/横山秀夫

64(ロクヨン)』を読んだよ。警察官も人間だ。

『クライマーズ・ハイ』が面白かったので、次の横山秀夫氏の小説として選択したのが本書。もしかしたら、Kindle本でセールしていたものを思わずポチったのかもしれないけど。
主人公は警察官。いや、警察署の広報官と言ったほうが正しい。いわゆる刑事とは違うということが重要。それに警察の仕事は刑事だけでは成り立たないということはよく分かる。ただ、これが警察の内部的な視点でみると、色々と微妙な問題が起きてくるわけで…。
そして、広報官の直接的な対象は各種メディアの人間たち。彼らも絡んでくると三つ巴というわけで、本書の面白さはそこにあるのか?とも。

得に主人公は刑事上がりの広報官だから、

人殺しも悪徳政治家も存在しない世界で、人殺しや悪徳政治家を 捻じ伏せる以上のエネルギーを消費し、神経を磨り減らし、目的とも呼べぬ目的に向かって闇雲に歩を進めている。
という苦悩。ホシを上げて一丁という世界ではないからね。

だから、思わず、

──奇妙なカイシャだ。
と。カイシャじゃないんだけど、「カイシャ」と言ってしまう気持ちはよく分かる。
現場と管理部門、さらには本庁(本社?)との板挟み、さらには多様なステークホルダーとの関係の構築。あぁ、よくよく考えれば、やりがいのある仕事なのかもしれないね。
あっ、ストーリーのことを書くのを忘れたけど、まぁいいか。推理小説ではないけど、なるほど!という感じで面白かったということだけ書いておきます~。

アメリカの壁/小松左京

アメリカの壁』を読んだよ。タイムリーな…。

これもKindle積読本。多分、相当に安かったんだろうと思う。しかも、トランプ氏の就任以前だったはずだし。どうして、ここでいきなりトランプ?ということになるけれども、表題作の『アメリカの壁』はまさにトランプがやろうとしていることが現実化した話だから。そう、アメリカに壁ができて、外界からの移動はもちろん、情報も寸断された世界を描いたもの。

おっと、筆者の話が抜けていた。小松左京氏。自分的には『日本沈没』とか『復活の日』とかで懐かしの作家だけど、ここに来て、前述の通り、話題の人となっているわけ。そして、本書はその表題作『アメリカの壁』を含む短編集。1977年の作品だから、かれこれ50年も前に、現代のアメリカを予言したような作品が日本で誕生していたとは…。

で、作品の中で現れる当時のアメリカ評が面白い。

おれがアメリカを好きなのは──その機械的冷淡さだな。いくつかの条件を満たすボタンを押す。そしてスイッチを入れる。と──ガチャンと〝市民権〟が出てくる。いい国だと思う。機械的寛容さと言うか──アメリカは、コンピューターで管理するのに一番いい国で、だからこそ、世界で一番ヒューマニスティックなんだ。
すでにコンピュータ推進国であったのは事実だろけれども、それをヒューマニスティックと表現するとは…。そして、極めつけのセリフ。
アメリカは、この〝孤立〟でうけた損害よりも利益の方が大きいはずだ……。たしかに広大なマーケットを失ったかも知れない。が、アメリカは、もう外の世界から泥沼のような〝援助〟をもとめられたり、国連でちっぽけな国々につるし上げられたり、日本や西ドイツからの〝追い上げ〟をうけたり、〝支配力〟や〝影響力〟のぐらつきに焦ったりしなくてもいいんだ……。
まさにそれが現在のアメリカの選択なんだよね。1970年代にこんなことを考えた人間がいただろうか。スゴイ、スゴイ。

最後にあとがきから。

小説はあくまでフィクションであり、現実ではありません。けれど小松左京のこれら小説群には、ある特徴があります。それは、現実世界を切りとった上での思考実験であり、また多くの場合、現実世界への警鐘の意図が込められています。
そう、表題作の他にも、そもそも人間ってなんだんだ?って思わせるものが多く、筆者の視点がユニークだな…という作品集でした~。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?/フィリップ・K・ディック

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだよ。人間=アンドロイド?

ハヤカワ文庫の棚に行くと必ずと言っていいほど、表紙を表に向けて並んでいる本書。いわゆる有名どころのSFという位置づけということで、一度は読んでみようかとKindle本で積ん読だったもの。そういえば、このところ積ん読中だったKindle本を手にすることが多い。コロナ禍の影響だね。

さて、本書はひと言で言ってしまうと人間とアンドロイドの対決のSF物語。主人公のリックは一応は人間のようなんだけど、途中から登場する人間もアンドロイドも区別が付かなくなってくる感じ。判定テストも今ひとつ信頼性が低い感じもするし。

で、区別の基準となるものが「感情移入」という概念。

「アンドロイドってやつは、いざとなると仲間にてんで薄情なんだな」とリック。ガーランドは吐きすてるようにいった。「そのとおり。われわれにはきみたち人間に備わったある特殊能力が欠けているらしいのさ。感情移入とやらいうものだそうだが」
この概念を「特殊能力」と言って、アンドロイドとの差別化を図ろうとするところが人間っぽい気がするよね。

さらに、人間のアンドロイドに対する評価。

三人とも、どこかおかしい。どことははっきり指摘できないが、それを感じることができた。まるで、ある異様な悪性の抽象概念 が、彼らの思考過程に染みこんでいるようだった。
ここで言う3人とはアンドロイドのこと。悪性の抽象概念ってなんだろ?でも、人間だって悪性の抽象概念を持つことがあるだろうに。

と、最後の訳者あとがきにも同じことが書かれていた。

従って、長編『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』においても、そこに「人間」として登場する者も、「アンドロイド」として登場するものも、全て、「人間」であり、かつ「アンドロイド」でもありうる。
だよね。そうだ、本書は人間の物語として解釈しよう。

考えるヒント2/小林秀雄

考えるヒント2』を読んだよ。頭の悪さを痛感させられる読書。

精神の集中を持って取り組んでいかないと、途中で挫折しそうになる読書は、何度も体験してきているが、今回はまさにその極地。どうやって読み切ったかという記憶が、読了直後に忘却の彼方に飛んでいってしまうほど。
確かに難解なんだけれども、その難解さが微妙。ある一文でも、途中までは分かる分かるとスイスイ読んでいると、読点の先に真っ暗闇が現れるという感じ。
例えば、

近代科学は、よく検討された仮説の累積により、客体の合理的制限による分化によって進歩した。
とか…。

でも、分かった箇所もまったく無かったわけでもなく、以下にいくつかを紹介。

世の中は、時をかけて、みんなと一緒に、暮してみなければ納得出来ない事柄に満ちている。実際、誰も肝腎な事は、世の中に生きてみて納得しているのだ。
という人生訓のようなもの。

後半はニュートンとか、デカルトとか、理系の話題も出てくる中で、

デカルトは、数学を計算の技術と見る眼から、数学を「精神を陶冶する学問」と解する大きな精神の眼に飛び移る。
ということも。そっか、「精神を陶冶する学問」か。いい言葉を知ったかも。考えること=陶冶なんだろうね。

さて、シリーズの次に進むかは甚だ微妙。Kindle本でも入手済みならば、別だけどね。