未来に先回りする思考法/佐藤航陽

未来に先回りする思考法』を読んだよ。そうだったのか、イノベーション

『お金2.0』で金銭主義に代わる価値主義を提示した佐藤航陽氏。価値についての考え方がどんどん変わっていく現代社会において、未来に先回りなんてできるのだろうか…という難題を丁寧に解説した本書。解説っていうより、筆者の経験と考えをまとめたものかな。

あくまでも「思考法」なので、単に未来はこうなるという予測を述べるわけではなく、どう考えるたらいいのかという点がポイント。だから、

しかし、もしも社会が進化するパターンを見抜いていれば、状況が変わっても未来を見通すことが可能になります。そのための汎用的な思考体系をお伝えするのが本書のテーマです。
ということ。そう、その為には「点」ではなく「線」で捉えることが重要だとも言っているよ。一歩引いて見るとか、俯瞰的にとかいうことなんだよね。

そして、冒頭のイノベーションについて。

逆にイノベーション創出が叫ばれて久しい日本は、他国からの圧力もなく、自国の市場もそれなりに規模があります。イノベーションをする「差し迫った必要性」が日本社会には存在していないのです。だからこそ、仮にイノベーティブなものができたとしても、今の日本において普及するかどうかはわかりません。
という見解。なるほど、普及する以前に、それがイノベーティブなものだと気が付かないかもしれないし。さらに、この「必要性」がキーワード。「必要性」を考えるというのが、原理を考えるにあたって必要な思考法だからね。やっぱり、必要性のないところに、イノベーションは生まれないよな…。

未来に先回りする思考法
佐藤 航陽
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国家と教養/藤原正彦

国家と教養 (新潮新書)』を読んだよ。教養は怖い。

藤原先生の新刊を読むのは久しぶり。既刊のもので読みたい本リストに上がっている本が幾つかあるけど、最近のものの方がより過激になりつつあるような…。まぁ、その辺りが藤原先生の本の楽しみでもあるんだけど。で、今回はどのくらい過激になっているか、楽しみ。

内容的にはタイトル通りだけど、「国家」と「教養」はちょっと分断されているという感じ。ざっくり言うと前半が国家の話、後半が教養の話と言ってもいいかも。

冒頭は冷戦終了後の日米関係について。アメリカに狙い撃ちされた日本を嘆き、そのアメリカを糾弾するところから始まる。そして、日米の差は情報格差。情報量もあるけど、価値のある情報を取捨選択する能力の違いが大きく、その嗅覚は教養によって養われるということ。でも、その教養って何なのか…。結構、難しいよね。

その後は、紙数を大量に消費して、主にヨーロッパを中心とした教養の歴史。ここでは、英仏独のものの考え方の違いがよく分かる。そもそも教養の対する考え方が違うから。それが世界史を変えていく。特にドイツの考え方は特徴的だよね。日本に似ているし。

振り返って、日本はどうか?武士道精神に代表される日本古来の形を忘れた教養が跋扈している戦後の日本。それに対し、

西洋人にとってはともかく、日本人にとって、日本人としての形から切り離された教養とは、まさに根無し草であり、国難に当たって何の力も発揮できないひ弱な存在だったのです。
と藤原先生。基盤の上に立つ教養ではないんだよね。上っ面だけの教養…。

最後に民主主義との関係について、

国民が教養を失い、成熟した判断力をもたない場合、民主主義ほど危険な政治形態はありません。民主主義は最悪の形態に成り果てます。各国の国民が十分な教養をもつようにならない限り、混迷した世界の現状は、今後永遠に続くということです。
と言う。いや、本当にヤバイかも。民主主義を根底から揺さぶる教養。怖くなってきたわ。

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藤原 正彦
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NEVER LOST AGAIN/ビル・キルデイ

NEVER LOST AGAIN グーグルマップ誕生 (世界を変えた地図)』を読んだよ。そうきたか…というオチ。

原題の『NEVER LOST AGAIN』では何の話だか意味不明だけど、邦題の『グーグルマップ誕生』はそのまんま過ぎ。邦題は本題と副題を入れ替えるとスッキリするかな…と、珍しく編集者気分でコメントしてみる。

筆者は、シリコンバレーのスタートアップ企業キーホールのマーケティング・ディレクターであったビル・ギルデイ氏。のちに、買収によってグーグルに移るんだけど。そして、この物語の中心人物は、キーホールで、のちにグーグルで地図サービスを立ち上げるジョン・ハンケ氏。内容を簡潔に言ってしまうと、かれら二人を中心に、グーグルマップ、グーグルアースを作っていく人々のドキュメンタリーっていう感じ。

このドキュメントの前半は、キーホールが開発したアプリケーションである「キーホールアースビューアー」の話。幾多のピンチを乗り越えて、ある閾値を超えると社会に注目されるアプリケーションになっていく。そして、グーグルへの買収。筆者が初めてグーグルのラリーとセルゲイに会った時、彼らへ「1000万ドルか1000万ユーザのどちらを望むのか?」と問いかける。するとラリー曰く、

そして、ラリーは彼のトレードマークとなっている白い歯を見せた笑みを浮かべて「君たちは、それよりもっと物事を大きく考えた方がいい」と言った。
と。考えていることのレベルが違うんだろうね。もっと先を、もっと上をと考えているのかもしれないし、そもそも数字は考えていないような気がする。最高のユーザ体験を提供することだけを考えているんだろうね。

グーグルマップにとってその最高のユーザ体験とは何だろうか。そのヒントになるのが、

ラリー・ペイジはグーグルのミッションとして「世界の情報を整理すること」を掲げているが、ダン・エグノーの開発したアルゴリズムは「世界の情報を地理的に整理すること」を意図していた。
ということ。そして、整理することによって、何ができるか。その最たる事例は自動運転車プロジェクトなんだろうけど、いまやどこのサイトにでも、グーグルマップにリンクが張られていないサイトを探すのが難しいほど。そして、さらに新しいサービスが立ち上がる。ウーバーしかり、あのゲームアプリも。

グーグルマップ、グーグルアース、グーグルストリートビューら、これらのサービスが世界を変えたことは事実。本当に凄いことだと思う。とにかく、人間の叡智ってハンパない!

NEVER LOST AGAIN グーグルマップ誕生 (世界を変えた地図)
ビル・キルデイ
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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち/飲茶

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち (河出文庫)』を読んだよ。徹底的に考えると…。

飲茶氏の著書が好きでいくつも読んでいるけれども、今回はkindle積読本の1冊。特に東洋哲学が好きだとか、知ってみたかったというわけではないけれども、いや、読んで正解だったというのが率直な感想。人間の思索って凄いな。ここまで徹底的に考えることができるんだ…という感じ。

では、東洋の哲学者たちは何をどう考えていたのか。
まずは、西洋の哲学者との違い。

西洋の哲学者たちが二五〇〇年以上もの間、「真理」を目指して苦闘を続け、それでもまだなお「真理」に到達できていないというのに、東洋の哲学者たちはそれをあっさりと「真理に到達した」などと言い放ってやがるのです。
これは大胆不敵。でも、その「真理」の解釈を巡って侃々諤々と議論を続けることになるんだけど…。

では、東洋の哲学者たちの解釈はどのようなものだったのか。自分的にまとめてしまうと「存在しない」ということ。あぁ、あっさりと言ってしまったけど、これがまた奥が深い。事例を上げると、

龍樹は、この「縁起」に基づき、「あらゆる物事、現象は相互の関係性によって成り立っており、確固たる実体としてそこに存在しているわけではない」という「空の哲学」を作り出した。
とか、<>般若心経はいっさいを否定する。釈迦だろうと、仏教の根本教義だろうと容赦なんかしない。 無い、無い、徹底的に無いのだ!<>
とか。実体なんかありゃしない、だって、全てが人間の頭脳で考えただけのものだから…って感じ。

だからこそ、

東洋哲学にとって「理屈」や「科学的根拠」なんてものはどうでもいい。そんなものに「正しさ」を求めるよりも、何はともあれ、とにかく「結果」。「結果」だ。東洋哲学はあらゆる「理屈」に先立ち、まず「結果」を優先する。
ということになる。東洋哲学のなんとなくのモヤモヤ感がこれで納得したかな…。いや、ダメだ。哲学と宗教が結びついたことがよく理解できないなぁ~。

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組織設計のマネジメント/ジェイ・R.ガルブレイス

組織設計のマネジメント―競争優位の組織づくり』を読んだよ。組織設計でこれだけ語れるか…。

組織設計関連本の3冊目。以前に興味があって、読みたい本リストに入っていたものだけど、どこで紹介されていたのかな…。しかも翻訳本だから、日本の組織に合うのかな?と思いながらも手に取る。

では、組織設計は何のために行うのか。それがまさに副題にある「競争優位の組織づくり」。

多様性、チェンジ、スピード、統合を実現する組織設計は、競争優位性を生む要因となる。このような組織設計は、さまざまな設計の考え方を巧妙にブレンドしたものであり、他社が真似して展開することは難しい。ということは、ユニークな組織設計は、競争優位性を長期にわたり保つことに役立つのであり。
ということ。ここでのキーワードは、組織の形成の影響を及ぼす多様性、チェンジ、スピード、統合の4点。4点といえど、その組合せと割合はさまざま。だからこそ、さまざまな組織設計可能なんだよね。悩みどころとも言うけど。

そして、実際の組織設計。その枠組みとして「スター型モデル」を紹介しているよ。戦略、構造、プロセス、リウォード、人材の5つのカテゴリーから成っていて、それぞれに繋がりを持つ構造になっている。そう、本書はこの枠組みを中心として展開されてているってわけ。
この5つのカテゴリーのうち、最も重要なものが「戦略」。

この際に戦略は、どの活動がもっとも重要かを指し示してくれるので、組織設計においてもベストの組織形態の選択を進めるための判断基準を提供してくれる。
ということ。やっぱり、そうだよね。戦略はすべての活動のガイドラインになるよね。

あとはプロセス。その中にCRMとかe-HRとか、自分に興味があるツールが出て来るよ。とはいえ、やっぱり難しい組織設計。最後は理屈だけではなくなるからね。あっ、どこの組織でも同じだと思うけど…。

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形態の生命誌/長沼毅

形態の生命誌―なぜ生物にカタチがあるのか (新潮選書)』を読んだよ。カタチには意味がある。

『宇宙がよろこぶ生命論』を読んで以来、気になっていた筆者。読みたい本リストの奥の方に並んでいたものを今回引っ張り出してきた。その長沼毅氏は、以前にちょっとした事件でニュースに出ていたような気がするけど、最近の活躍ぶりはどうなんだろ。

辺境生物学者的な位置付けの筆者だけど、今回はちょっと外れて、生物の「カタチ」の話。では、どんなカタチがあるのだろう。

まずは骨の話。内骨格生物と外骨格生物の違い。それは死生観にも現れる。すなわち、内骨格生物は死ぬと骨が剥き出しになり、生死のコントラストがハッキリするということ。外骨格生物にはそれがない。これに対し、

もし、人間が外骨格生物だったら、死に対してそれほど嫌悪感を覚えなかったと思う。外骨格生物が口をきけるなら、僕はぜひとも彼らの死生観を拝聴してみたい。
と筆者。これは面白い。カタチが死生観にまで影響を与えるとは…。自分も外骨格生物に死生観を聴いてみたいな。

では、植物のカタチはどうだろうか。
葉の茎へのつき方とか、葉の形、花の形とか色々なカタチがあるよね。これについて、フィボナッチ数列を例に出し、

このことは、根や葉という植物のカタチが、生息環境や競争などによって決まる以上に、数学によって決まることを意味している。植物のタカチに宿る神の御心が数学という人知的な表現によって理解されつつあるのだ。
と言っているよ。うん、自分的にはこれも楽しい視点。数列と植物、まったく結びつきそうにない組み合わせだからね。

最後にカタチの淵源について。
これは「眼の誕生」と関連してくる。

動物のカタチの淵源は「見られる恐怖」、「喰われる恐怖」なのである。眼さえ生まれなければ、カタチも生まれなかった。
ということ。必然なのか、偶然なのかという問題はあるけれども、やっぱりカタチには意味はあるんだよね。不思議だなぁ~。でも、楽しいなぁ~。

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言ってはいけない/橘玲

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)』を読んだよ。でも、堂々と言っている。

本書の続編が本屋に山積みされていたのに刺激されて、まずは最初の一冊。「新書大賞2017」とやらを取ったみたい。当時はまったく気にしていなかったのはなぜだろ。
副題は「残酷すぎる真実」ということで、世界中の研究成果から、何が見えてくるのか…ということを3つの観点からまとめたもの。3つと言っても、結局は「氏なのか、育ちなのか」という議論に行き着くんだけどね。

では、実際にその「残酷すぎる真実」とはどのような内容なのか?具体的なことをここでは書かないけれども、それを書くということはどういうことなのか?という点で言うと、

ワトソンの発言がスキャンダラスなのは、誰もが密かに思っていることを堂々と口にしたからだった。
ということ。そう、多分こうなんだろうな…と思っていることはたくさんある。でも、それが真実なのかどうかははっきりしない。それが、様々な差別に繋がる事柄ならば、余計に口には出さない。でも、つい、それを発言してしまう人がたまにいる。それが、前述の「ワトソンの発言が…」ということになるわけ。

容貌のタブーについては、

私たちの日常的な判断は、視覚(見かけ)に大きく依存しているのだ。
という結論。そう、見かけで刑罰の重さが変わっているという統計的な事実。にわかには信じがたいが、人間の判断なんてそんなものかいうのも分からないではないよね。

最後は、子育ての話。統計的には「氏より育ち」は否定的な結論。

もちろんこれは、「子育ては無意味だ」ということではない。人生とは、もともとそういうものなのだから。
とフォローしているよ。

でも、統計が「真実」なのだろうか…とも思う。データサイエンスって流行っているし、正しい判断の基準にはなると思うけど…。真実って一体何なのだろうか…という命題が気になる一冊でした~。

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