本よみの虫干し/関川夏央
『本よみの虫干し―日本の近代文学再読 (岩波新書)』を読んだよ。やっぱりSNS?
副題は「日本の近代文学再読」ということで、本書の内容はまさにこれ。作家の関川夏央氏が日本の近代文学(とは言え、海外文学もあるんだけど。)から選んだ本について考えたことを朝日新聞のコラムと雑誌「図書」に連載していたもの。朝日新聞に連載されていたらしきものは短くてサクッと読めて嬉しいよ。
では、筆者にとって、日本の近代文学はどのように映ったのか。まえがきでは、
文学には日本近現代そのときどきの最先端が表現されている。文学は個人的表現である。と同時に、時代精神の誠実な証言であり必死の記録である。つまり、史料である。そう考えたとき、作家たちは私の目にはじめて先達と映じた。とズバリ。そう、文学は貴重な歴史証言者であり、その史料なんだよね。
では、これらの史料からどんなことが読み解けるのか?ひとつは、小説には類型があるということ。その例として『不如帰』。筆者は、
難病を結核から癌に、戦争と軍人と政商を経済と会社員と会社に置き換えて、「開放された女の婚姻外恋愛」を足せば、これは現在のヒット恋愛小説となる。つまり、すべての要素の原型は『不如帰』に出揃っている。と説明し、結論的には、
天の下に新しいものなど何ひとつなさそうである。と言っているよ。そう、どの物語もフレームは同じなのかもしれないね。あるいは、人間の行動ってパターン化しているってことか?
さらに私小説について。
東西冷戦下の平和と正義が失われたいま、私小説が栄えないのは不思議だ。と筆者。当時はブログ、今ならばツイッターとかフェイスブックなどのSNSに、私小説のフレームを見出したんだよね。う〜ん、そう考えると文学って何なんだろ…。
と思っていたら、「ワイドショー」で他人の醜聞をのぞく趣味、インターネットに見られるだらだらした自己表白がそれだ、と気づいた。近代小説が、大衆化の果てに極限まで退化した姿が、そこにある。
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吉野家で経済入門/安部修仁,伊藤元重
『吉野家で経済入門』を読んだよ。メニューが変わる理由…。
吉野家HDの元会長である安部修仁氏と経済学者の伊藤元重氏との対談集。前著として『吉野家の経済学』があるけど、その第2弾という感じで語られているよ。その前著では、牛丼280円の仕組みなどが内容だったみたいだけど、本書はBSE騒動以降の吉野家の変革についてが話題の中心。そう2003年のこと、そんな騒動があったよね。
では、吉野家の強みとは何だろう。安部氏は、
うちの商品に一番適合するように、品質も素材の特徴も価格も量も厳密に仕様を決めること。そして、そのスペックに合うようにきちんと相手に要求すること。それが、うちの特徴的な強味だと認識しています。と言っているよ。当たり前の世界にいれば、当たり前のことなんだけど、それをきちっとやることが重要なんだよね。ここでは外食産業はその辺が曖昧だったとは言っているけれども。
そして、競争相手は誰かという話題に。普通に考えれば、すき家とか松屋なんだろうけれども、そこに顧客という観点を上げる安部氏。
僕は、マーケットと競争相手、需要サイドと供給サイドとの関係を間違えないようにしようという意識は常に持っていました。マーケット、つまりお客さまは吉野家に何を期待しているか、それにどう応えるかを常に考えることこそ重要だと、われわれが着目すべきはその一点であって、けっして競争相手ではないんです。うん、これはすごく重要。ましては業界トップで追いかけられる立場なら、なおさらだよね。
最後に技術へのこだわりについて。吉野家で技術って何?って思ったけど、
うちの現場には、牛肉を盛るときの姿勢がどうだとか、こういう覚悟があるとか、自分こそ一番だという気概やこだわりを持つ社員がたくさんいます。ということ。少しオタクがかったこだわりだけど、こんなこだわりは絶対に必要だと思う。
あぁ、吉野家の牛丼が食べたくなった。しばらく行っていないけど、最近はどんなメニューがあるんだろ。
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楽隊のうさぎ/中沢けい
『楽隊のうさぎ (新潮文庫)』を読んだよ。今の自分にもうさぎが欲しい。
新潮文庫編集部が毎年出している「中学生に読んでほしい30冊」シリーズ。ということで、夏休みはこの中から1冊ということで本書。
主人公は、奥田克久という中学生。中学に入学してから吹奏楽部に入部し、打楽器パートを担当することになる。まずは同級生で同じパートの部員との関係。そして、同じパートの上級生との関係から、人間関係が築かれていく。その間にも小学校が同じだった同級生との関係、両親との関係の中で、いろいろな経験を積みながら、成長していく。
2年生になると、打楽器パートでも重要な役割を担うようになり、下級生、上級生、さらに卒業した先輩たち、先生との関係も絡んでくる。そして、気になる女子も。
少しだけ、克久の成長の過程を追ってみる。
1年生の最初は、ひたすら机を叩くだけの練習。単調ではあるけれども、音の粒が揃うと気持ちがいいことを知る。
音の粒が揃うと、身体の血の巡りが良くなる。克久は心臓が微笑するような感覚がそこにあるのを発見した。と。
そして、本番での大会では、
そこにあるものは、目に見えるものではなかった。が、克久は全身で、そこに確かにある偉大なものに参与していた。入るとか加わるとか、そういう平たい言葉では言い表せない敬虔なものであった。感情というようなちっぽけなものではなくて、人間の知恵そのものの中に、自分が存在させられていた。それが参与ということだ。という「参与」という感覚に気がつく。
最後は、
幸福がそこに立っているという輝かしさだ。に辿り着く。中学生がこういう経験をすることが貴重だよね。でも、実体としての中学生はただただ夢中なのかもしれない。小説だから、この体験が後付けで概念化されるんだろうね。あぁ、疑似中学生になった感じ。
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「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯/城山三郎
『「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯 (文春文庫)』を読んだよ。実業家という言葉がピッタリ。
三井物産の代表取締役社長を経て、国鉄総裁を歴任した石田禮助氏の半生記。1886年(明治19年)に伊豆の松崎町に生まれ、一橋大学を卒業後、三井物産に入社。三井物産では主に海外の支店での勤務を長く努め、その後に取締役から代表取締役社長に就任する。この海外での経験は大きかったようだよね。石田氏の言葉には、英単語が多いのはこのため。マンキーとか、エンジョイとか、ルー大柴の走りか?って感じもするけど…。
国鉄総裁就任後、初めての国会での運輸委員会に出席したときのこと。いきなり、議員たちの向かって「諸君」と呼びかける。周りが慌てるのも無理はないこと。さらには、
「生来、粗にして野だが卑ではないつもり。ていねいな言葉を使おうと思っても、生まれつきでできない。無理に使うと、マンキーが裃を着たような、おかしなことになる。無礼なことがあれば、よろしくお許しねがいたい」と挨拶。無礼と思われても致し方ない感じだけど、これが石田氏の素直な表現。そして、本書のタイトルにある「粗にして野だが卑ではない」が登場する。そう、嘘はつきませんと言っているんだよね。
同委員会での別の発言について、筆者の解説は、
「諸君にも責任がある」との国会での発言は、同志として本当のことを言ったまで。一緒になって改めるべきは改めようと、訴えたつもりであった。ということ。うん、ストレートな表現。忖度なんて存在しないよね。
国鉄総裁を引き受けた理由として、海外での経験もあったような。
政府にたのまれたり、社会事業に手を貸したり。公職として給与が出ても、形式的に一ドル受けとるだけ。「ワンダラー・マン」と呼ばれるそういう男たちが居ることが、石田には強い印象になって残った。そう、石田氏としては国鉄総裁の仕事は「パブリック・サービス」として捉えていたんだろうね。
石田氏のような筋道の鮮やかな生き方、いいよね。
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時刻表2万キロ/宮脇俊三
『時刻表2万キロ (河出文庫)』を読んだよ。時刻表は楽しい!!
中学の時にハマった時刻表。専ら眺めるだけだったけど、関連本から知った東海道本線の大垣行き夜行鈍行にはよく乗ったっけ。今は「ムーンライトながら」だったっけかな?その流れでよく読んでいたのが、今回の宮脇俊三氏の著作群。だから、再読ってことになる。
で、本書は宮脇氏のデビュー作。作家専属になる前だから、某出版社の編集者の仕事の傍らで、全国国鉄を乗りまくり、全線完乗することになる記録の本。とは言え、当時の国鉄は約20,800kmも路線があったから、それを記録にするとなると膨大な分量になる。宮脇氏自身も全線に乗ろうなどと考えて乗っていたわけではなく、90%を乗ったあたりで、全線を意識し始める。そして、その目的のために乗り始めたのが昭和50年9月。そして、全線完乗したのが、昭和52年5月。その2年間の記録が本書っていうわけ。
その記録って簡単に言ってしまったけれども、それは闘いだと思う。実際に筆者は、
国鉄全線完乗はあなたが考えるほど簡単なことではないのである、あなたはよく大阪へ行かれるが尼崎港という国鉄の駅があることを知っているか、そこへの線には一日二本しか列車が走っていない、自分もまだ乗っていないが、などと説明や弁明をしていると、だんだん自己主張のごとくなってくる。と周囲の人々への説明には苦慮している(理解してもらえないという諦めの境地もあるような…)し、
私だって東京や自分の家にいるのがいやで出歩いているわけではないし、日曜日ぐらいは家でゆっくりしたい。という泣き言や、
そこまでゆくとあまりかけはなれて随いてゆけないけれど、趣味昂進の極限を垣間見る思いがして粛然とさせるものがある。私のやっていることも相当な阿呆と自覚しているけれど、上はあるものだ。という趣味の世界の奥深さまで語る。
いや、いささか否定的なことを書いてしまったかもしれないけど、これが本になり、何十年も経っても、こうやって読まれ続けるということは、それだけの楽しみというか評価があってのことなんだよね。自分だって、お金と時間があれば、挑戦しているかもしれないからね。
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これからの世界をつくる仲間たちへ/落合陽一
『これからの世界をつくる仲間たちへ』を読んだよ。何がどこまで変わるかは分からない。
前作『魔法の世紀』ではわけわからん状態だった落合陽一氏。それでも、読んでみたいという気にさせるのは、自分自身がまだまだ知りたいという欲求があるんだろうと思う。どうして、21世紀が魔法の世紀なのかということについて。
そういう欲求が強かったんだろうと思う。もっと分かりやすく、しかもこの21世紀を支えていく若い人たちに対してのメッセージを…という感覚で本書は書かれたのだろうと思う。『魔法の世紀』より、格段に分かりやすい論調だったから。
本書の内容をひと言で言ってしまうと、帯に書いてある「戦いのルールは、変わり始めている。」がテーマかな。コンピュータ、インターネットが世界を変えているのは事実だけど、人の営みまで変えるのは時間が掛かる。その営みが変わってきているのが21世紀なんだよね。
だからこそ、「魔法をかけられる側」ではなく、「魔法をかける側」で生きることが必要なのだと、筆者。それこそが、暗黙知を持つクリエイティブ・クラスという人たち。
暗黙知を持つクリエイティブ・クラスにとって人工知能環境は、自らの欠点や他人で代替可能なタスクを行ってくれる第二の頭脳であり、身体です。彼らには人工知能は自らの存在を脅かす敵ではなく、自分のことをよく知っている「親友」となるはずです。ということ。そう、単なるホワイトカラーは、自らの存在を脅かされることになるからね。
そして、クリエイティブ・クラスは専門性には拘る。
何より「専門性」は重要です。小さなことでもいいから、「自分にしかできないこと」は、その人材を欲するに十分な理由だからです。専門性を高めていけば、「魔法を使う側」になることができるはずです。と筆者。これも単なるホワイトカラーではダメな理由になるよね。ブルーカラーが「魔法を使う側」ということもできるはず。少しでもそこに近づいていきたいなぁ〜。
これからの世界をつくる仲間たちへ | |
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未来を変えた島の学校/山内道雄,岩本悠,田中輝美
『未来を変えた島の学校――隠岐島前発 ふるさと再興への挑戦』を読んだよ。やっぱり教育…。
隠岐島前高校で取り組んだ同校の魅力化プロジェクトについて、紹介した本。ここでは、「存続」ではなく、あくまで「魅力化」という点がポイント。そう、「存続」というと小手先の手段に走ってしまうし、日本のあちこちで同じことが行われているけれども、決定打が出ていないのが実情。だから、魅力があれば、存続は自動的についてくるということ。だから、このプロジェクトの正式名称は「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会」。持続可能性の意味も込められているよね。
勿論、様々な障害はある。例えば、施設・設備や教員等のリソースの問題。これは、
学校内になくても、地域にはもっといい施設や設備はたくさんあるし、本物の現場で経験を積んできたプロもたくさんいる。島前地域唯一の高校なのだから、島前地域全体をキャンパスと考え、学校外の人たちにも“先生”になってもらえばよい。という考え方でクリアする。これはまさに最近の学校の地域連携の考え方。地域が育てて人材が地域に貢献する人材になる。それが持続可能性に繋がっていくわけだよね。
そして、「観光甲子園」に挑戦する。テーマは「ヒトツナギ」。これを契機に、学習センターの設立や島外出身者の積極的な受け入れなど、取り組みを広げていく。その成果は本書を読んでいただくとして。
最後にこのプロジェクトの中心人物があとがきで語ること。
だからこそ、こうした人の魅力を次の世代につないでいく「魅力ある人づくり」こそが、魅力ある地域づくりの真髄だと確信できた。うん、これは学校の魅力化とは何かの真髄だよね。それは社会の中の学校の役割としても。隠岐島前高校の今を知りたくなってきたなぁ〜。
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