大学という病/竹内洋

大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公文庫)』を読んだよ。病なら治せるはずなんだけど…。

副題は「東大紛擾と教授群像」というもの。東大と言えば、東京大学。その戦前からの紛擾の歴史を辿り、その渦中となる大学教員の身の振り方を追っていくのが本書。
それにしても、登場人物が多数。巻頭の口絵で顔写真が紹介されている人物が32人。もちろん、それ以外にも本文中に登場するので、かれこれ50人以上は名前が出てくるような。しかもそれぞれのキャラクターが個性豊かだから、いろいろあるのは必然のような気もするけど。

主な舞台は東京(帝国)大学経済学部。法学部から独立した新設学部であったが故のゴタゴタというのもあったけど、その学問の性質も影響があったのだと思われる。特に戦前は「左傾化」の問題。それは学生も教員も。

こうした左傾学生の志向は、真面目や勤勉、禁欲などの点で人格主義との連続がみられるが、マルクス主義はそうした個人の内面倫理としての人格主義だけでなく、それをこえる社会の変革や民衆の救済という正義や殉教の倫理と美学をもたらした。だから教養主義の内面化の強い者ほど左傾化した。
うん、これって戦前の事例だけど、戦後の学生運動も同じかも。さらにその後は「左傾化」ではなく「宗教化」とかも。

そして、派閥の問題。研究室という狭い空間で生活しているが故に、他者とのコミュニケーションには派閥というものが非常に便利なツールになっている。そして、これを、

学者という、いささか偏屈な、ということは思い込みの強いキャラクターともあいまって、大学は派閥菌繁殖の温床なのである。
とまで言わしめる。さしずめ今なら、ウィルスとでも言うべきか…。

大学改革が叫ばれる昨今。改革は進むのかという点が関係者の最大関心事なのは確かだけど、

こうした大学の空洞化を改善すべく近年、大学改革がおこなわれている。しかし、神話も自負もない時代だから、理念といえば、せいぜいが学生消費者主義に呼応する学生サービスである。改革は組織(大学・学部・学科)のサバイバルや拡張のためのものになりやすい。
と筆者。そもそも学生消費者主義が理念というのもヘンな話だし、この事例は大学あるあるって感じ。

ビジョンがないから、その時代の思想に流され、紛擾する。そこの問題なんだろうなぁ〜と、本書から改めて思うこと多々でした〜。

大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公文庫)
大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公文庫)竹内 洋

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