新編・風雪のビヴァーク/松濤明

新編・風雪のビヴァーク (ヤマケイ文庫)』を読んだよ。文章力のチカラ。

本書は、登山家・松濤明の登山記録(日記)と山岳会の会報に投稿した手記を中心に編纂したもの。何度も同じタイトルで幾つかの出版社から上梓されているけれども、その後さらに発見されたものを追加したようだから、「新編」となったみたい。

1960年に『風雪のビバーク』として出版されたみたいだけど、当時ベストセラーになったとか。そして、「最後の手帳」に記された文章(松濤の遺書)が話題になったとか。

さて、内容の前に、この文章が優れもの。編者曰く、

一読すれば了解されるだろうが、この紀行文の「文学」としてのレベルの高さは、並のものではない。十八歳になったばかりで、これほどの筆力。彼が若くして逝かず、文学的才能を開花させたとしたら、どれほどの果実を成したことであろうか。
ということ。そう、確かに若干20代の若者とは思えない文章力だと思う。文学的とも言えるかもしれないけど、論理性もある。基本的に頭の良い人だったんだろうなぁ〜と感じさせる文章だよ。今の学生にここまで書ける能力があるかというとちと疑問。

では、その文章を幾つか紹介。

美しい月、夢幻的な月、いろいろ見た月の中にも、かつて私はこんなに物寂しい月は見たことがない。とつぜん激しいノスタルジアが襲ってきた。家、里が恋しい。「引き返そうか」悪魔的な衝動が胸をかすめた。しかしそれは意地でもできない。
これは文学的な文章かな。それでも、山に行く人皆が感じる感情を一文で表しているんじゃないかと思う。いいよね。

もう一つ。

山の懐ろは平和そのものである。明るい磧を渡りながらふと法悦にも似た無我におちいる。過去もなく、未来もなく、ただ現在だけが無限に拡がっている。いつかずうっと以前にも、こうしてこの磧を渡っていったように思う。それがまた明日の自分の姿のようにも思われる。
これは哲学的。これが書けるのは、山に行く度に感じていたことだからなんだろうね。それを文字にするのは難しいんだけど。

話題の「遺書」は、是非本書を読んでほしい。死を覚悟しても最後まで冷静だったような。いや、覚悟したからこそ、冷静になれたのかもしれないね。

新編・風雪のビヴァーク (ヤマケイ文庫)
新編・風雪のビヴァーク (ヤマケイ文庫)松濤 明

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