零戦/堀越二郎

零戦』を読んだよ。日本人、そして技術者魂。

『零式戦闘機』(柳田邦男著)を読んだ際に、本書の存在を知る。そう、零戦を開発したご本人の著書。だから、内容的にはほとんど同じと言ってもいいくらい。その差があるとすれば、開発者ご当人の心情という点。特に、あの戦争に対する思いと零戦の評価に対するリアクション。特に、前者は柳田の著作とは違うかな。ただ、どこまで正直に語っているか、あるいはオブラートに包んだ表現もあるような気がするけど。

では、ご当人はどのように語っているか。
まずは、零戦とは何かについて。

当時の世界の技術の潮流に乗ることだけに終始せず、世界の中の日本の国情をよく考えて、独特の考え方、哲学のもとに設計された「日本人の血の通った飛行機」――それが零戦であった。
日本人による日本人のための飛行機であると。これは良い意味でも悪い意味でもあるんだけど。そして、その心は本書を読むと十分に伝わってくるよ。

そして、新しい戦闘機の要求仕様について。

私には、この要求書がつくられた会議の雰囲気が、目に見えるようだった。要求する側の人間ばかりが集まって、あれもこれもと盛りこんでしまったのだ。その人たちは、それぞれの部門のベテランで、日本をとりまく世界の情勢を考えてのことにちがいない。
いや、これは有りがちな話。そして、結局は現実的でない要求仕様が作られ、どれもが中途半端なプロダクトが作られていく。しかし、零戦はそうはならなかったということが、この設計者の凄いところだよね。

結局、日本は戦争に負けてしまう。

こうした技術政策のまずさが、はじめから終わりまで零戦に頼らざるをえない事態を招き、ひいては日本軍の決定的敗北に拍車をかけていった。
技術では勝ったとしても、作戦負けを認めざるを得ない。技術者としては辛いところなんだろうね。そう、それを考えると、戦後70年、日本は何も変わっていないような気がする…。