日本国の研究/猪瀬直樹

日本国の研究 (文春文庫)』を読んだよ。日本国の本質は変わっていないような…。

猪瀬直樹氏の著作は継続的に読んでいこうと思っているけど、読みたい本が次々と登場する中で、後回しになりがち。そのうちに、図書館からも無くなり、kindle本にもならなければ、読めなくなるという焦りもあり…。ということで、文庫版としては1999年3月発行の本書。発表は1996年の雑誌「文藝春秋」に。

さて、本書で何を筆者が訴えるのか。基本的には、当時の行財政改革の行方について。とは言っても、結局は補助金行政のあり方なんだろうか。その事例として、冒頭の第一部では、朝日連峰の林道建設と長良川河口堰の建設を巡って、繰り広げられる。結局は、政府、官僚、自治体の三つ巴でお互いが利益になるような動きになる。猪瀬氏は、

地方分権とは地方自治体の自決の論理のはずである。情勢に変化が生じて水が余るという地元自治体の判断があれば、無理に公共事業をやることはない。地元が自決できないのは補助金のせいである。
とキッパリ。うん、そうなんだけど、そこに入り込むのが公団とか協会とかいう名称の特殊法人という厄介なもの。これがかなりことを複雑にしているわけ。これが第二部以降の話題。

公団は特殊法人だが、その傘下に子会社を作ったり、社団・財団法人を作ったりで、結局、関係者間で利益が巡回しているという構図。しかも、その原資が税金だとしたら、どうなのだろうか…。しかも、官僚との関係も明らか。

一般に公団といえばすぐにエリート官僚の天下りが取り沙汰される。高額な退職金をもらいながら、公的機関を渡り歩くから、いつしか、“渡り鳥”と呼ばれるようになった。さらにエリート官僚につづき公団プロパーが傘下の企業群に天下る。しかし、問題の本質は役得ではない。表に現れた天下りという現象の底に“無責任”という深い闇が横たわり、惰性の共同体が沈んでいるのだ。
と猪瀬氏。

そして、最後に猪瀬氏は、

最後に、言いにくいことだがあえて言う。官僚だけが悪いのではなく国民にも問題がある。お上の権威に弱くいちいちお伺いを立てて、ややこしいことは役人に任せてきた。
と言う。
さて、20年経った今、日本は変わっているのだろうか。いまだに何とか協会とかは多いはず。やっぱり警戒していかなくてはいけないんだろうなぁ〜。

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