木を見る西洋人 森を見る東洋人/リチャード・E・ニスベット

木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるか』を読んだよ。その違いを徹底検証。

いきなりだけど、東洋人と西洋人の違いは一言、「包括的に見るか、分析的に見るか」ってこと。つまりは、東洋人は包括的に見るから「森を見る人」で、西洋人は分析的に見るから「木を見る人」ってこと。これを延々と300頁に渡って検証するのが本書。
タイトルに興味をそそられて、気になっていた本だったけど、中盤からは「もう分かったから、その説明はもういいよ〜」と言いたくなるほど、その理屈を繰り返す。お腹いっぱいって、このこと。

とは言っても、このまま終わってしまうのは勿体ないので、その理屈をいくつか紹介するよ。
例えば、ゼロの概念。

ゼロ自体はギリシア人が考え出したものだったが、彼らは矛盾をもたらすという理由でそれを却下した。ゼロとはないことに等しく、そしてないものはないからである!ゼロの理解は、無限大や無限小の理解と同様、結局は東洋から輸入しなくてはならなかった。
と。そう、西洋は矛盾は即却下だから。そして、東洋は矛盾はあり得るものと考えるよね。矛盾と如何に付き合うか、折り合いをつけるかって。本書でいう「中庸」がそれ。

そして、こんな表現も。

ともあれ、アジア人にとって世界とは複雑な場所であり、連続的な実体から成り立ち、部分ではなく全体として理解するべきものであって、個人の力よりも集合的な力に左右されている。西洋人にとって世界とは、比較的単純な場所であり、文脈に注意を払うことなく理解することのできる個別的な対象物から成り立ち、個人の力に大いに左右されている。
そう、結局は包括的な分析的かっていうことを言っているんだけれどもね。

では、この違いは人類にとってどうなんだろうと考えると、それは「多様性」に辿り着く。

それゆえ両者には、あらゆる場面でお互いを補い、豊かにしあう力がある。
予想通りの結論だけど、これ以外に考えられるわけでもなく。いや、いろいろな実験とその成果が盛りだくさんで、自分自身が東洋人か西洋人かを判定しながら、楽しんだ本書でした〜。
木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるか
木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるかリチャード・E・ニスベット 村本 由紀子

ダイヤモンド社 2004-06-04
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