文学部唯野教授のサブ・テキスト/筒井康隆

文学部唯野教授のサブ・テキスト (文春文庫)』を読んだよ。文学論なら何でもできる。

『文学部唯野教授』を読んだ後に、本書を発見。本当は『文学部唯野教授』を読んだ後に、続けて読んだ方がいいんだろうけど、図書館の予約の都合とかでやっと今回。

全体で4部構成。その最初は「文学部唯野教授100の質問」。その中で、筆者である筒井康隆自身を織り交ぜての会話が登場するよ。

もしかして、おれと筒井さんと混同してるんじゃない。おれの創作はあくまで理論の実践つまりフィールドワーク。次のアイディアなんてものはないの。
という感じ。つい、頭の中で、これって誰が言っているんだと、一瞬迷ってしまいそう。

第2部は、大橋洋一氏と筒井康隆氏との対談。作家が考える文学理論について、筒井氏曰く、

ほんとは作家がそんな文学理論を勉強するのは善し悪しだと思いますね。いけないと思います。自分の書いている内容にあんまり意識的になってしまったんじゃ、それこそ無意識のすごいところが出てこないということになってしまう。理論倒れの小説を書いちゃ、よくないですね。
と。この「無意識のすごいところ」って重要だよね。理論を超えたところにあるものって感じがするし。でも、唯野教授はどっちの立場で小説を書いているんだろ。

第3部は、「ポスト構造主義による「一杯のかけそば」分析」。「一杯のかけそば」をテクストに、詳細な分析が行われる。すごく単純なテクストだけに、筆者の想像力逞しく、こう見るか…と驚きの連続。筆者の意図とかけ離れて、文学理論ってこうなんだね…と改めて納得した次第。

第4部は「解説にかえてー『文学部唯野教授』の特別講義」と称して、河合隼雄氏、鶴見俊輔氏、筆者筒井康隆氏の3名による対談。この中で、筒井氏が教養について、

では教養というのは何かというと、共通感覚だと言うんです。
とガダマーの言葉を紹介しているよ。う〜ん、ちょっとこの感覚は難しい。さらにこの後、筒井氏は「感情移入」だとも。「教養とは何か」という命題を追っているアッシとしては、この答えにコメントしようがない感じ。

文学評論然り、「一杯のかけそば」然り、やっぱり作家先生の考えは難しすぎるかもね。

文学部唯野教授のサブ・テキスト (文春文庫)
文学部唯野教授のサブ・テキスト (文春文庫)筒井 康隆

文藝春秋 1993-07-10
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