イカの哲学
『イカの哲学』を読んだよ。ユニークなタイトルに惹かれたけど。
カミカゼ特攻隊員だった波多野一郎氏が書いた『イカの哲学』を中沢新一氏が現代的な解釈で蘇らせる。
前半は波多野一郎氏の紹介とその著書『イカの哲学』を収録。
早稲田大学在学中に学徒兵として航空隊を志願する。航空隊を志願した理由が
武士道精神の「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の立場に立つとき、むしろ危険な航空隊こそがもっとも安全と考えられるというのでした。というユニークな思考。
特攻隊員として、明日出撃というその前日にソ連軍が満州に侵攻、そこで出撃は中止になり、終戦。ソ連軍の捕虜となりシベリアでの過酷な労働。4年後に帰国するが、ソ連を見たから今度はアメリカということでスタンフォード大学に留学する。その結論は、
アメリカ文明の基礎も、共産主義として表現されたソ連の人間中心主義と、少しもちがっていないではないか、<後略>というもの。
そして、留学中の夏休みにモントレーの漁港で、イカの箱詰めのアルバイトをしている中で、思考の閃光が走ったという。この閃光を表現したのが、波多野一郎氏の『イカの哲学』。
波多野氏の『イカの哲学』の内容は、まさに自分の経験を語ったもの。大助という主人公の経験談風ではあるけれども、波多野氏の思考を集大成したものなんだと思う。文章は荒削り。でも、何故かその素朴さに説得力がある文章だよ。
そして、大助君は何を思ったか。それは、
大切なことは実存を知り、且つ、感じることだ。たとえ、それが一疋のイカのごとくつまらぬ存在であろうとも、その小さな生あるものの実存を感知するということが大事なことなのだ。この事を発展させると、遠い距離にある異国に住む人の実在を知覚するという道に達するに違いないのだ。と。本書のポイントをここですべて述べているような。だから、後半の中沢氏の解釈は、ここさえ理解すれば十分って感じ。
で、中沢氏は、『イカの哲学』を戦争と平和という観点からの解釈を行っているよ。
まず、思想家バタイユの考えを引用し、生命には「平常態」「エロティシズム態」の二つのモードが共存しているという。そして、「平常態」には平和しかないが、「エロティシズム態」には平和と戦争がある。エロティシズム態の平和は根源的な理由で、戦争を拒否すると。そして、平常態の平和には愛がないと。
エロティシズム態の平和は、戦争が発生する心の構造の噴火口に飛び込んで、戦争へ向かおうとする生命の衝動を、愛や慈悲につくりかえてしまおうとしてきた。ということらしいよ。波多野氏の『イカの哲学』は、このエロティシズム態の平和にたどり着いたのだとも。
さて、波多野氏の『イカの哲学』で大助君が語る「実在」とは…。イカを食料としての有機物として見るということより、「心」をもった存在として見ることが実在の意味。そして、核兵器によって、今までの戦争のレベルを超えて、超戦争を体験した日本。超戦争では、敵の実存はいっさい消去されるという。敵となった兵士たちばかりでなく、非戦闘員の市民たちの実存も消去されると。
『イカの哲学』の考えることによれば、核戦争によって現実のものとなってしまった超戦争は、実存の無視という点では、出来事の構造から言えば、人間がイカたちにたいして平気でおこなっている行為とまったくパラレルである。ここで、アッシはすっかり納得。
最後は何故かエコロジーまで辿り着くんだけれども、これはちょっと飛躍し過ぎのような…。
冒頭でタイトルのことを書いたけど、この時期、戦争モノの話題が出る季節。そういう意味ではタイムリーな本でした〜。
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