オリエント急行の殺人/アガサ・クリスティー

オリエント急行の殺人 (クリスティー文庫)』を読んだよ。誰もが犯人を知っている。

本書も既読。やっぱり、高校生くらいかな…。ミステリーにハマった時期があったから、当然にして、手に取ったのだと思う。そして、当時も読む前から犯人を知っていた。自分が知っていたということは、当時の世間の人たちの多くが知っていたということで、こういうミステリーも珍しいよね。

そして、犯人を知っているのにどうしてこのミステリーを読むのか?自分的には、ポアロの論理的な思考を追うことの楽しみとか、その鮮やかな解決というか…。そういう魅力があるんだろうね。
そのポアロの魅力とはなんだろう。一つは観察力。いや、よく見ているわ。もう一つは記憶力。人が言ったことをしっかりと記憶しているってこと。そして、それらを繋げていく。まるで、データベースの幾つかのテーブルをJOINしていくイメージか?

では、このミステリーの魅力はなんだろうか?犯人の意外性も去ることながら、自分的には2つの解決方法をポアロが提示したことではないだろうか。頭が硬いガチガチ人間ではなく、それこそ、名探偵ができることがそれだったのかと思うよ。

最後に。このミステリーでは、様々な国の人々が登場する。だから、それぞれが特徴づけられているのも楽しい感じ。例えば、

ここで初めてアメリカ人らしい声になった。
とか、
わたしはああいうタイプのイギリス人というものを知っています。
とか。何となく分かるので、それもそれで楽しかったりする。まさに国際的な豪華列車の旅というものは、そういうシチュエーションなんだろうね。
あぁ、列車ミステリーという魅力があるのを書き忘れた~。

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四畳半神話大系/森見登美彦

四畳半神話大系 (角川文庫)』を読んだよ。京都の街に詳しくなる。

kindle本の角川文庫セールで購入し、積読していた本書。筆者の森見登美彦を知っていたわけではなく、特段に興味があったわけでもなく。でも、ちょっとした時に読めるオモシロ小説を準備しておきたいな…という感覚で、同著者本を3冊ほどのゲット。残りの2冊はいずれ読んで、ここの紹介することになるだろうから、今回は書かないでおく。

さて、本書。全四話からなる小説なんだけど、ユニークな構成。第一話を読み終わった段階では、単なる青春小説風だと思っていると…。第二話からそのカラクリが見えてくる。何じゃこりゃ~と言いたくなるような展開。そして、第四話ではさらに新しい展開となる。あぁ、ネタバレしたい気分になるのは、自分だけではないと思う。

書評サイトを見るとパラレルワールドという表現が目につくけど、それを本文中の中で探すと、

ほんの些細な決断の違いで私の運命は変わる。日々私は無数の決断を繰り返すのだから、無数の異なる運命が生まれる。無数の私が生まれる。無数の四畳半が生まれる。
と。ただ、結局はどうなったかというのも、この物語の楽しみの一つ。あぁ、言えないけど。

それにしても、小津という主人公の友人。彼こそがマルチバースを渡り歩く、宇宙人のような存在。いや、人類を超えているというか。それを考えるとやっぱりSFなのかなぁ~。

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爆笑問題の日本史原論 偉人編/爆笑問題

爆笑問題の日本史原論 偉人編 (幻冬舎文庫)』を読んだよ。そもそも偉人って何だろう。

前作『爆笑問題の日本史原論』が面白かったので、このシリーズ2冊目。テーマは人物「偉人編」。古くはヤマトタケルから始まって、直近は吉田茂までの総勢12名が様々な分野から選ばれているよ。自分的に面白い選択だと思ったのは、天草四郎空海かな。

で、相変わらず、太田のボケぶりが楽しめるよ。例えば、太田が芸能人の本名を暴露するシーンが頻発。聖徳太子の本名(最近の教科書ではその本名が正式名として教えられているらしい。)から始まるんだけど、松田聖子の本名はともかく、千利休の本名とか、伊集院光の本名も。人の本名で楽しめるって芸名があるからこそ。いや、本名の意外性が楽しめるだけなんだけど、芸能人ってそれまでネタになるのか…と妙なところで関心したりする。

さて、それぞれの人物の詳細は本書を読んでいただくとして、ここでは全般的な話を。
本書の収穫として、それぞれの人物がどのように現代に伝わっているかという点について、それが歴史の面白さのひとつだと認識したよ。例えば、資料によって作られた人物像っていう可能性もあるよね。これについて本書では、

そうして作られていった秀吉像は、史実とは違った 虚像である。だが、史実はどうだったのかを探ることと同じく、この虚像がどのように成り立ち、人々がどのようにその虚像を享受してきたのかを考えることも、歴史学の大事なテーマだ。伝説は時に「史実」以上に、人々の暮らしに大きな影響を与えてきたからである。
と言っているよ。作られた人物像によって、社会が変わる。人々の意識が変わる。なんだか、不思議な世界だよね。あぁ、人間ってそういうものなんだと思う瞬間なんだけど…。

歴史って尽きないなぁ~というのが読後の感想。自分の一生だって、自分自身で網羅できないわけだからね。

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準急ながら/鮎川哲也

準急ながら~鬼貫警部事件簿~ (光文社文庫)』を読んだよ。準急っていう響きがいい。

JRで急行という列車種別が無くなりつつある現在、準急という種別はすでに死語。多分、自分が時刻表を読み始めた時期にはほぼほぼ無くなっていたのではないかと思う。それでも、この小説には新幹線が登場するので、JR的には新幹線の登場以後に無くなり始めたのかと推測できる。
そして、「準急ながら」はその後にどうなったのか?これも自分の推測でしかないけれども、夜行の快速大垣行になり、「ムーンライトながら」になり、その「ムーンライトながら」も季節運行になってしまったのではないかと…。

あぁ、小説の話でした。自分的には再読。やっぱり、10代の時期に読んだのだと思う。その当時に興味を持っていた、推理小説+時刻表+快速大垣行と繋がって、この本に辿り着いたのだろうね。時刻表をネタにした『点と線』も話題になっていた頃だったかもしれないね。

で、本書も時刻表をネタにした推理小説。そして、筆者の鮎川哲也氏は精緻な推理で小説を構築していくことを得意とする作家と言われていたような気がする。代表作は『黒いトランク』らしいけど、鮎川哲也氏の入門として、本書はお薦めかもしれないね。

そして、本書での推理もトリッキーでもなく、なるほどと首肯できるもの。ただ、自分的には残念だった点があるんだけど、それはネタバレになるから書かないでおく。でも、久しぶりに、推理小説+時刻表+快速大垣行の世界を満喫した気分にさせてもらい、十分に満足できる小説でした~。

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神々の山嶺/夢枕獏

神々の山嶺(集英社文庫)』を読んだよ。物語の長さも神々しい。

山岳小説と言えば新田次郎が自分的には定番なんだけど、それは他の作家の作品で山岳小説がそれほど出ていないということもあるような…。そんなわけで、本書が話題になったり、映画化された時から注目していたけれども、実際に読むとなると…。そう、上下巻で1088頁もの大作だから。そういう時はやっぱり夏休みを使うに限るよね。暑いけど、時間はあるから。
とは言え、この大部の小説も、面白さに惹かれて、グイグイ読み進み、気がついたら読み終わっていたという感じ。

物語の舞台はエヴェレスト。もちろん、エヴェレストだけではなく、ネパールの首都カトマンドゥでの出来事も重要になる。ちょっとだけ、日本も。深町という山岳カメラマン、羽生という登山家の二人を中心に、物語が展開していく。そして、エヴェレストへの登頂なるかというわけ。

ストーリーはここまで。自分が気に入ったのは、二人が山の中で考えること。

自分は、その巨大な岩盤の一部にくっついた小さな虫か、ゴミのような存在なのだ。
とか、
地球上の人間がみんな死んでしまって、この壁と風の中に、自分独りだけが取り残されてしまったようだ。
とか、自分が山に行った時に思うことと同じ。人間のちっぽけさ、弱さを感じることが多いから。特に一人で歩く時はそうだよね。

そして、街にいるときも、ふいに山の存在を確認したくなるのも同じ。

たとえ、登らなくとも、街の中にいて、ふいに、切ない想いに胸を締めつけられ、白い岩峰を捜そうとして、ビルの群のむこうの青い空に、山の頂を視線で追ってしまう――そういう場所から、去ってしまうことなのだ。
と。単なる山オタクなのかもしれないけど。

あら、小説の話でなくなってしまったので、最後のちょっとだけ感想を。
羽生という登山家の執念とストイックさは加藤文太郎や播隆上人をイメージさせ、山に登るのは理屈じゃないな…と思うのでした。

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最後の秘境 東京藝大/二宮敦人

最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常 (新潮文庫)』を読んだよ。これぞ、大学生の生き方。

単行本が出た当時から、この派手目の装丁が気になっていたけど、読書の対象とはならず、そのまま放置。でも、今回の文庫版が同じ装丁で出たこともあり、さっそく読みたい本リストにエントリされ、あっという間に入手、読了。

副題は「天才たちのカオスな日常」ということだけど、いや確かに普通の人がやらないことをしているんだけど、それだけで天才と言えるわけではなく、よくよく話を聞いてみると、普通の大学生だったりする。そう、まさに大学生活を謳歌している大学生なんじゃないかと思えてきた。

おっと、いきなり結論じみたことを書いてしまったけど、本書は一般には知られていない東京藝大の学生と彼らの生活をインタビューを通して、まとめたもの。その前に、筆者の妻が藝大生っていうところからスタートするんだけど。

そして、その“妻”だけではなく、どの学生たちも人として生きるということを真剣に考えている。いや、それは芸術という行為を通しての話で、直接的に考えているというわけではないけど。

では、藝大生たちの芸術に対する取り組みの源はどこにあるのか。予想できるとは思うけど、それは「好き」ということとしか言いようがない。だから、

誰かに認められるとか、誰かに勝つとか、そういう考えと離れたところに二人はいるようだ。
となったり、さらに、「好き」を超越して、
やりたいからやるのではなく、まるで体に刻み込まれてるように、例えば呼吸することを避けては通れないように、人はモノを作るのかもしれない。
ということになる。

そう、芸術作品を見たり聴いたりしていると、

あれだけの技法を発展させるためには、やりたい人がいた、くらいでは足りないのではないか。
という思いになるのは一緒。あぁ、でも、それは芸術に限らず、自然科学でも同じ。それが人間の本質のような気がするなぁ。

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自由と規律/池田潔

自由と規律―イギリスの学校生活 (岩波新書)』を読んだよ。メリハリ、効かせ過ぎ。

「イギリスの学校生活」という副題で、イギリスのパブリック・スクールであるリース校の話を中心にまとめたもの。もちろん、筆者はそのリース校の出身で、その後ケンブリッジ大学に進学しているということで、当地の教育事情はある程度掴んでいた上でのこのお話。

まずは、パブリック・スクールの紹介。パブリックというからには公立か?と思うけど、実は私立学校。どうして“パブリック”なのかも謎だし、だったら呼称を変えればと思うけど、それも変えないのがイギリスという国の頑なさ。様々な場面でその頑なさが表現されているんだけれども、楽しいことを言っていながら、目が泣いていたりするのがイギリス風。我慢ともちょっと違い、その精神を貫くといった感じかな。日本人にもそういう一面があるかもしれないね。騎士道と武士道というか…。それを筆者は、

結局は、『良かれ悪しかれ、わがイギリス』の思想であり、『ピース』を喫い出したら『光』の煙は決して咽喉に通らないという国民なのである。
と表現しているよ。なるほど。拘るというか、やっぱり頑なというか…。

そんなイギリス社会の中で、パブリック・スクールの教育はどのような精神をもって、行われているのか。

帰納し得るところは、パブリック・スクール、否、イギリスの社会そのものが容易に特殊な個性の発展を許さないという一事に外ならない。価値の基準は学生個人のもつ正邪の観念にはよらず、共同体自身がその利益より見てこれを是とするか非とするかによって決定される。
そうか、この精神が有名な「ノブレスオブリージュ」に繋がっていくのかな…。

そして、表題の「自由と規律」について。

彼等は、自由は規律をともない、そして自由を保証するものが勇気であることを知るのである。
と筆者。エリートだからこその教育なんだろうけど、厳しさが伝わってくるよね。でも、パブリック・スクールの食糧事情の厳しさはどうなんだろ。自分には耐えられそうにないわ…。

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