神々の山嶺/夢枕獏

神々の山嶺(集英社文庫)』を読んだよ。物語の長さも神々しい。

山岳小説と言えば新田次郎が自分的には定番なんだけど、それは他の作家の作品で山岳小説がそれほど出ていないということもあるような…。そんなわけで、本書が話題になったり、映画化された時から注目していたけれども、実際に読むとなると…。そう、上下巻で1088頁もの大作だから。そういう時はやっぱり夏休みを使うに限るよね。暑いけど、時間はあるから。
とは言え、この大部の小説も、面白さに惹かれて、グイグイ読み進み、気がついたら読み終わっていたという感じ。

物語の舞台はエヴェレスト。もちろん、エヴェレストだけではなく、ネパールの首都カトマンドゥでの出来事も重要になる。ちょっとだけ、日本も。深町という山岳カメラマン、羽生という登山家の二人を中心に、物語が展開していく。そして、エヴェレストへの登頂なるかというわけ。

ストーリーはここまで。自分が気に入ったのは、二人が山の中で考えること。

自分は、その巨大な岩盤の一部にくっついた小さな虫か、ゴミのような存在なのだ。
とか、
地球上の人間がみんな死んでしまって、この壁と風の中に、自分独りだけが取り残されてしまったようだ。
とか、自分が山に行った時に思うことと同じ。人間のちっぽけさ、弱さを感じることが多いから。特に一人で歩く時はそうだよね。

そして、街にいるときも、ふいに山の存在を確認したくなるのも同じ。

たとえ、登らなくとも、街の中にいて、ふいに、切ない想いに胸を締めつけられ、白い岩峰を捜そうとして、ビルの群のむこうの青い空に、山の頂を視線で追ってしまう――そういう場所から、去ってしまうことなのだ。
と。単なる山オタクなのかもしれないけど。

あら、小説の話でなくなってしまったので、最後のちょっとだけ感想を。
羽生という登山家の執念とストイックさは加藤文太郎や播隆上人をイメージさせ、山に登るのは理屈じゃないな…と思うのでした。

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最後の秘境 東京藝大/二宮敦人

最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常 (新潮文庫)』を読んだよ。これぞ、大学生の生き方。

単行本が出た当時から、この派手目の装丁が気になっていたけど、読書の対象とはならず、そのまま放置。でも、今回の文庫版が同じ装丁で出たこともあり、さっそく読みたい本リストにエントリされ、あっという間に入手、読了。

副題は「天才たちのカオスな日常」ということだけど、いや確かに普通の人がやらないことをしているんだけど、それだけで天才と言えるわけではなく、よくよく話を聞いてみると、普通の大学生だったりする。そう、まさに大学生活を謳歌している大学生なんじゃないかと思えてきた。

おっと、いきなり結論じみたことを書いてしまったけど、本書は一般には知られていない東京藝大の学生と彼らの生活をインタビューを通して、まとめたもの。その前に、筆者の妻が藝大生っていうところからスタートするんだけど。

そして、その“妻”だけではなく、どの学生たちも人として生きるということを真剣に考えている。いや、それは芸術という行為を通しての話で、直接的に考えているというわけではないけど。

では、藝大生たちの芸術に対する取り組みの源はどこにあるのか。予想できるとは思うけど、それは「好き」ということとしか言いようがない。だから、

誰かに認められるとか、誰かに勝つとか、そういう考えと離れたところに二人はいるようだ。
となったり、さらに、「好き」を超越して、
やりたいからやるのではなく、まるで体に刻み込まれてるように、例えば呼吸することを避けては通れないように、人はモノを作るのかもしれない。
ということになる。

そう、芸術作品を見たり聴いたりしていると、

あれだけの技法を発展させるためには、やりたい人がいた、くらいでは足りないのではないか。
という思いになるのは一緒。あぁ、でも、それは芸術に限らず、自然科学でも同じ。それが人間の本質のような気がするなぁ。

最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常 (新潮文庫)
二宮 敦人
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自由と規律/池田潔

自由と規律―イギリスの学校生活 (岩波新書)』を読んだよ。メリハリ、効かせ過ぎ。

「イギリスの学校生活」という副題で、イギリスのパブリック・スクールであるリース校の話を中心にまとめたもの。もちろん、筆者はそのリース校の出身で、その後ケンブリッジ大学に進学しているということで、当地の教育事情はある程度掴んでいた上でのこのお話。

まずは、パブリック・スクールの紹介。パブリックというからには公立か?と思うけど、実は私立学校。どうして“パブリック”なのかも謎だし、だったら呼称を変えればと思うけど、それも変えないのがイギリスという国の頑なさ。様々な場面でその頑なさが表現されているんだけれども、楽しいことを言っていながら、目が泣いていたりするのがイギリス風。我慢ともちょっと違い、その精神を貫くといった感じかな。日本人にもそういう一面があるかもしれないね。騎士道と武士道というか…。それを筆者は、

結局は、『良かれ悪しかれ、わがイギリス』の思想であり、『ピース』を喫い出したら『光』の煙は決して咽喉に通らないという国民なのである。
と表現しているよ。なるほど。拘るというか、やっぱり頑なというか…。

そんなイギリス社会の中で、パブリック・スクールの教育はどのような精神をもって、行われているのか。

帰納し得るところは、パブリック・スクール、否、イギリスの社会そのものが容易に特殊な個性の発展を許さないという一事に外ならない。価値の基準は学生個人のもつ正邪の観念にはよらず、共同体自身がその利益より見てこれを是とするか非とするかによって決定される。
そうか、この精神が有名な「ノブレスオブリージュ」に繋がっていくのかな…。

そして、表題の「自由と規律」について。

彼等は、自由は規律をともない、そして自由を保証するものが勇気であることを知るのである。
と筆者。エリートだからこその教育なんだろうけど、厳しさが伝わってくるよね。でも、パブリック・スクールの食糧事情の厳しさはどうなんだろ。自分には耐えられそうにないわ…。

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おとなの教養2/池上彰

おとなの教養 2―私たちはいま、どこにいるのか? (2) (NHK出版新書)』を読んだよ。ポピュリズムはヤバい。

前著『おとなの教養』は「私たちはどこから来て、どこへ行くのか?」というテーマで、リベラルアーツについて、池上さんなりに語った本だったけど、第2弾ではさらに一歩進んで、「私たちはいま、どこにいるのか?」というテーマで、それをたえず意識する力を身に付けることを目指す。とは言え、使う材料は現代社会のニュース。これらをネタに、ではどんな話が聞けるか…。

まずは、場所が変われば見方も変わるということ。

知識を深めていくと、こうした一面的な見方を相対化する力を身につけることができる。それがひいては、リベラルアーツ本来の意味である「人間を自由にする学問」へとつながっていくわけです。
知識が広がるということは、多面的な見方ができるようになるということ。情報量の多さが必然的にそうさせるという意味なのかなぁ~。それはそれで嬉しいような気がするけど。

そして、現代の話題からキャッシュレスと紛争の問題として民族のこと。

そう、民族もお金と同じように共同幻想なのです。お金も民族も、みんながお金だと思い、民族だと思うからこそ成立するのです。
と一発定義。この定義を理解していると、お金も民族も分かりやすくなるよね。どうして仮想通貨が成立するのか、世界各地で民族紛争が起きているのか。「共同幻想」というキーワードで考えてみよう。

最後に、ポピュリズム
国民投票の怖さは、トランプ大統領の誕生に始まって、最近ではイギリスのEU離脱という事象に現れてしまっているけれども、どうして、こんなことになるんだろうと不思議に思う。それが「ポピュリズム」であると説明されると納得。

国民投票は、民主主義が内に抱えるポピュリズムという危うさを増幅してしまう危険性があるのです。
と池上氏。人々の熱狂と暴走。なんだか、ポピュリズム共同幻想のような気がしてきた。人間てバカなのか利口なのか…。

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羅生門・鼻・芋粥/芥川龍之介

羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)』を読んだよ。たまには読んでみるのもいい。

いつかは読もうと思い、Kindleセールで買っておいたもの。日本人なら誰もが知っている芥川龍之介。そして、その代表作が収録されている本書。「羅生門」も「鼻」も「芋粥」も、過去には読んだことがあるんだと思う。単にストーリーを知っているだけかもしれないけど。でも、それだけ日本人には浸透している作品なのだと思う。いつかはきちんと読んでみようと思っていたのもそれ故か。

本書は芥川龍之介の初期作品短編集。芥川作品の特徴らしいけど、色々なタイプの作品有り。旅行記風、歴史読み物風とか。但し、難儀したのは候文。一作品だけだけど。その中でも表題作の三作品は比較的読みやすいかな。ストーリーを知っているということもあるかもしれないけど。

そして、それぞれの作品の末尾に日付が入っているので、その時期が分かる。概ね明治末期から大正5年頃までの作品がほとんど。芥川の年齢を考えると、ほとんどが彼の20代の中頃までの作品ということになるのか。そう、その年令を考えると芥川の天才ぶりが分かるのかもしれない。逆にいうと、若くないというか、大人過ぎるというか。一例に過ぎないけど、

──人間は、時として、みたされるかみたされないか、わからない欲望のために、一生をささげてしまう。その愚をわらう者は、ひっきょう、人生に対する路傍の人にすぎない。
とか。20代前半の若者から発せられる言葉だろうか…。

ちょっと若者らしい感覚の作品が「日光小品」。ここでは、

こんなことを考えながら半里もある野路を飽かずにあるいた。なんのかわったところもないこの原のながめが、どうして私の感興を引いたかはしらないが、私にはこの高原の、ことに薄曇りのした静寂がなんとなくうれしかった。
と。自然の感覚を素直に表現しているように思えて、読者もホッとするかも。

研究しつくされている芥川作品も、難しい解説は抜きにして、素直に読んでみるのもいいかもしれないね。

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小説 ほしのこえ/大場惑

小説 ほしのこえ (角川文庫)』を読んだよ。SF風ノスタルジー

映画『天気の子』が公開されて、本屋に行くとその文庫本が山積み。『君の名は。』で一世を風靡した新海誠の最新作ということだけど、新海氏の原点が本書の原作となったアニメ作品『ほしのこえ』。たった25分だという。
自分的には『君の名は。』を読んだ後は、原点に戻るつもりで、本書を読みたい本リストに登録していていたんだけれども、そのまま放置が続いてしまった。今回の映画『天気の子』を契機にやっと手に取ったというわけ。

物語は2046年から始まる。だから、SF的な背景。主人公はノボルとミカコの中学三年生。だから、ホロ苦な恋愛小説。この時期、基本的には女子の方がしっかりしているから、どちらかというと、引っ張られ気味の男子。同じ高校に進学しようとお互いに思っているが、ミカコは中学を卒業することもなく宇宙に旅立っていく。

原作のアニメは25分という短さだから、この小説よりもう少しコンパクトだったらしい。結末をさらに膨らませてノベライズしたことがあとがきに書かれているよ。アニメを見ていないので、これはこれで良い結末だったと思う。

最後に新海誠の言葉。

学校の友達からも親からも聴くことの出来ない何か大切な「声」が、そういう深夜の時間には耳に届くような気がした。
中高生の頃、深夜に自室過ごす夜。何を考えていたんだろ。自分も誰かの「声」を聞いていたのだろうか。そして、その「声」によって、今の自分の基盤が形成されていったのだろうか。Internetもメールもない時代。深夜ラジオだけが「声」だったけど。

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富士山はどうしてそこにあるのか/山崎晴雄

富士山はどうしてそこにあるのか: 地形から見る日本列島史;チケイカラミルニホンレットウシ (NHK出版新書)』を読んだよ。あるべくしてある。

思わず興味を惹かれるこのタイトル。地学好きの自分だからかもしれないけど。少し前だっただけど、ブラタモリでも甲府盆地の成り立ちをプレートの衝突という考え方で説明していたよね。本書も基本的な考え方は同じ。プレートの衝突とマグマの生成が連動して火山ができるわけだから。

おっと、いきなり本題に入ってしまったけど、本書の全体構成としては、富士山の話はごく一部。どちらかというと、副題の「地形から見る日本列島史」が本書の内容をよく表しているかな。そうそう、ちょっと前に読んだ『日本の地形』の最新版という感じ。貝塚先生の話も本書に出てくるし、貝塚先生にも『富士山はなぜそこにあるのか』という似たような著作があるし…。でも、どうして富士山の位置がこれほどまでにテーマになるのか。それは、

富士山が日本の自然景観の象徴である理由は先に述べましたが、その土台は富士山の位置にあります。富士山の美しい山容は、現在の位置でなければ決してできませんでした。
という説明で分かるように、富士山ができた理由だけではなく、美しさにも関係しているんだよね。科学的にいうと、プレートテクトニクス上の特異点といえるようなんだけど。

それでも、この美しさは地球の歴史的スパンで見ていくと、ちょっと変わってくる。

しかし、この美しい姿も、過去からずっと同じであったわけではありません。激しく変化し続ける環境の歴史の中で、富士山が美しいのは現在の一瞬であることも忘れないでください。
と筆者。地球史的には富士山はまだ若い。だから、すくっとしている。この美しい富士山を見ていられるのは、人類の歴史の間だけかもしれないね。なんという奇跡というか、ロマンというか…。何かに思わず感謝したくなるな~。

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